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 紺碧が格納庫に“みちる”をしまうと、どこからともなく政庁スタッフが2人ほど駆け寄ってきた。
「オーライ、オーライ、オーライ、そこでストップ!」
「壁紙、壁紙、壁紙はどこだー!」

「紺碧さん、どうしたんですかこんな時間に。しかも“みちる”まで持ち出して」
「あ、あれ?紺碧さん、顔とか腕とか、怪我してませんか?」
「あ、えっと、“みちる”が無事に使えるかどうか、試してたんだけど、うまく乗りこなせなくて、座席から転がり落ちちゃったんだ、はは。ごめんなさい」
 寮建築作業に従事する国民達の声が聞こえる。作業者達は一部政庁のスタッフも混じっているが、大多数は国民が雇用され、建築作業に従事している。

「紺碧さん」
「ん?いくら3までしか数えられなくても、機械を早々壊したりは……」
「これ、猫士用寮の基礎建築データですよね。どうしてこれが“みちるに”入ってて、腕のユニットが土にまみれてるんですか?」
「あー、えっとね、それは、その……」
「これは国民向け雇用対策として行うと、紺碧さん自身がおっしゃってましたよね?どうして紺碧さんが、この基礎工事をお一人で始めてるんですか?」
「あ、えっと、その……その……つまり……」
「あおひとさんや森沢さんの言ってるとおりでしたね。『紺碧さんはいつも一人で全てを抱え込もうとする』と」
「………このままじゃ国民の信頼は得られないと思ったんだ。私たちは結局、気ままにこの国にやってきて、問題を起こして、彼らの暮らしを邪魔して……。」
「だからといって、ご自分一人であれを建設するのは無茶だと、わかっていらっしゃるんでしょう?」
「……うん。それでも、何とかしたいと、思ったんだ。私はこの国の摂政だからね」
 外観や庭園部分はほぼ完成し、あとは内装を整えるだけ、のところまで工事は進んでいる。

二人は、紺碧を見たあと、顔を見合わせ、“やれやれ”と言う表情を見せた。
 別のエリアでは巨大ドッグの建造を開始、また新たに国内事業として発足予定の「錬金術による工業」も、ヨケルド=ヨケーニョ氏をはじめとした先駆者達が、国民達にレクチャーを始めている。

「『患者は医者に痛みをわかってもらいたいんじゃない。治療して欲しいんだ』というのが、紺碧さんの自説でしたよね?」
「だったら、きちんと国内にお触れを出して、きちんと国民を雇用して、国民の衣食住と、それから安全を守ることをきちんと発表すればいいじゃないですか」
「そうだよ。そうなんだよ。だけど……彼らは私たちを憎んでいる。勝手気ままにやってきて、争いを起こして、そして国民の生活を破壊して……。この国は何回焼かれた?何度戦場になった?そのたびに犠牲になったのは、国民達だ。私たちはただ勝った負けたで喜んで、彼らをないがしろにした。その結果がこれだ。君たちも瞑想通信を使えばわかるだろう?燃え残ったエリアで生きてる人たちが、どんな思いで日々を生きているか」
「戦火がこの国を襲って、木や花を燃やしても、また植林すればいいじゃないですか。花を植えればいいじゃないですか。大事なのは、『何度こんな事になっても、できる限り彼らの安全を第一に考えて、国を復旧させること』です」
「それで、国民が信頼してくれると、思うのか?」
「いいえ。それでも、それを繰り返す限り、そう言った姿勢を見せる限り、いつかは私たちの思いをわかってくれるんじゃないかと思いますよ。特に、『結果』を重んずる紺碧さんなら」
「……わかった。国内全土にチラシを撒いてくれ。『寮の建築者、庭師、メード募集』と。日当は個人のスキルを見て決めるけれど、最低でも50よけにゃんにゃんよりは下げないと。並行して彼ら作業に従事してくれる方達に、仮設住居を提供すると」
「瞑想通信でなくてよろしいのですか?」
「たぶん、それは彼らが嫌がるだろう。だから、チラシを手形にして、人を集める。口約束じゃなく、そのチラシを持って現れた人たちを優先的に雇う。それと併せて、戦災で住居を失った方々へ仮設住居の提供と食事の配給を始める。あとは、正式な政策が発表されれば、国内も少しは安定するだろう」
「了解であります」
「かしこまりました」
「……頼む」
 新職業「国際救助隊」は、現時点では志望者を募ってのトレーニングが開始されている。こちらはお披露目まで国外には秘匿、とされている。「動物使い」は、まず動物との対話、心を通わせることが大事だと、国民達に語っている。

紺碧は二人に略式礼をすると、格納庫を出て行った。
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“国を再建するには、まず国民を富ませなければだめだ。ではどうするか”

 先日の火災で家財を失った国民を雇用し、彼らに対して衣食住を提供する。A&Sに発注した以外の施設類はすべて国家事業の一環として建造し、そうやって傾いた国を少しずつ再生していく。

 人材募集の告知を出した当初は、集まりが悪かった国民も、衣食住の保障と、確固とした賃金設定の話が口コミ、というか国民同士の瞑想通信で広まり、徐々に人が集まりだして、団体として機能が回り始めた。このペースがもっと速まれば税収から国民へ還元、そして国民は税金や消費で国へ還元、といったサイクルが回り始める。

“藩王は国庫を空にしてでも、藩国を再生するつもりだ”

いつ頃からか国民の間で流れ出したこの噂は、「ひょっとしたら今度こそ、平和が訪れるかもしれない」という願いに変わり、少しずつではあるが国民達を動かし始めている。警察署、消防署の発注や、他国と連携しての政策発表が、徐々に国民の心を揺さぶり始めている。

国としては、まだまだ再興予定には届いていないし、難民化した国民の帰還も思ったほど伸びていない。でも、いつかはきっと、「税金を払ってでも、この国に住みたい」と思ってもらえるような藩国にしたいと、のうきん摂政は、もうすぐ完成する寮を見上げながら、ぼんやりと考えている。

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「だいたい、設計通りに進んでるみたいですね」

少し離れた場所から、夜國涼華が建築の様子を見ている。その隣には、彼女より背の高い男が並んで、眼を細めて工事現場を見つめている。

「なんだか、懐かしいね。ついこの前まで、あれとよく似た建物の中で生活していたのに」
「ところで、あたしが送った設計書の中に、あたしの知らない人間用居住スペースの設計書が入ってたんですけれど、あれって……」
「何のこと?」

隣の男は意味がわからない、という表情を見せた。

(青にして紺碧)


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