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ここは、[[寮]]のページの一部分です。

**建設開始 文:青にして紺碧 [#j92af36a]

 「………………」
「………これは……」

 目の前に広がる焼け野原。ホログラフィでもフィクションでもない。クーリンガンが国内で放った火が、よけ藩国の森を、野原を、町を焼き尽くした。前回の事件からようやく国が立ち直りそうだったその時を狙いすますかのように。
 ただ一人だけ、この世界の「寮」をその目で見た国民:夜國涼華から送られた寮のデータを、マザーコンピュータ「ぜのすけ」越しに閲覧し、紺碧はうめいた。

 紺碧はただ絶句し、次いで拳を握り、うつむいて、涙をこぼした。誰に見られても、かまわなかった。それくらい、悔しかったのだ。ようやく、本当にようやく国が機能を取り戻し、少しずつ国に人が戻ってきてくれたのに……。
 なぜなら、3以上の数字を理解できない紺碧にとって「~は○m」や「~はxx平方m」だのといった詳細資料は、頭から煙を噴くほどの、高等数学的領域だったからである。

「[[ぜのすけ>http://eyedress.at.webry.info/200701/article_98.html]]」
“はい”
それでも、A&Sが打ち出した「[[物件悪用対策>http://p.ag.etr.ac/cwtg.jp/bbs2/22019]]」に対応すべく、設計情報を秘匿レベル3に設定しておくことだけは忘れなかった。レベル3に設定した意味については、深く考えてはいけない。

 紺碧は藩国のマザーコンピュータ『ぜのすけ』と瞑想通信をつないだ。
「ぜ、ぜのすけ」
“なんでしょうか”
「この寮、建築するのに、何人くらい必要か、計算してくれ」
“たくさん”
「たくさん、ってそんな曖昧な……」
“紺碧、3以上理解できない。だから、たくさん、で十分”
「わ、わかった。……じゃあこれを、人間も居住可能な寮として、再設計できるか?」
“データは既に、人間も居住可能を前提として、設計されている”
「そ、そうか……」

「今動かせる“[[みちる>http://pw1.atcms.jp/yoke2/index.php?%E8%BE%B2%E6%A5%AD%E6%A9%9F%E6%A2%B0]]”はどれくらい残っている?」
“んー、おそらく1、2台じゃない?”
 ぜのすけが、設計図を元にした外観予想図を、瞑想通信で紺碧に転送する。図面を見ても何が何だかさっぱりわからなかったが、予想図を見て紺碧は納得する。

あらゆる答えを避けるマザコン『ぜのすけ』は、正確な数値を言わない。
「綺麗な建物だな。整えられた庭園まであるのか。作りは、宮廷庭園風だな」
“モデルはシンタロ校の学生寮、とされている。綺麗なのは、当然”
「要するに、政庁スタッフだけでは建設できない。国民の雇用は必須。これは間違いない、ということでいいか?」
“そんなもんじゃないの?”
「そうか……っていうか、その曖昧な答え方、何とかしろ!」
“はて?どこか変か?”

「わかった。涼華さんからいただいた設計図面は、残っているな?秘匿レベル3で設定しておいたはずだ」
“んー、そんなデータがつい最近入ってきたような?”
「一部始終をこちらへ転送しろ。元データは破棄するな」
“無理。のうきん摂政は3までしか数えられないんじゃなかったか?”
「そう言うことだけははっきり言うんだな。わかった。建物の基礎データだけ、動かせる“みちる”に転送しろ。あとは私がなんとか……」
 どこまでも正確な答えを避ける、マザーコンピュータ、ぜのすけを相手に質問を繰り返す紺碧。

 背中に視線を感じて、紺碧は振り向いた。焼けた木の陰に2、3人の人の姿が見えた。おそらく戦火を逃れた藩国民だろう。だが、全員の視線は、紺碧を射貫くように向けられていた。瞑想通信を使わなくとも、紺碧には彼らの心の声が聞こえたような気がした。
「建築資材はどのくらいって聞いても、きっと私にはわからないんだろうな」
“夜國涼華はきわめて精密な情報を送っている。でも、紺碧、理解無理”

『何しに来やがった、第七世界人』
『お前達がこの地にゲーム感覚でやってくるから、俺たちの暮らしは……』
『帰れ帰れ。ここはお前達が住む世界じゃない』
 ぜのすけにさえ断言される紺碧。とりあえず前向きに考え直そうと気持ちを立て直す。

 紺碧は彼らに向き直り、涙を拭った。
“このほかに、建築作業に従事する者たちのための仮設住居、食事、衣類、建築用機材の用意、雇用対象者なども細かく書かれている”
「そこは、この間陛下に提出した企画書の時に読んだ。それは理解できている」
“なんだ、できてるのか”
「当たり前だ!ちゃんと言葉で書いてあれば私だってわかる」
“敏捷4の人間が5人集まったら評価値はいくつになる?”
「………いち、にい、さん……わかるかー!!」
「あの、紺碧さん、ちょっといいですか?」

「みなさんには、お詫びのしようがない。国がこんな風になったのは、私たちが至らぬせいだ。だから、もう一度、立て直します。みなさんが今度こそ、平和に、安全に暮らせるように。今度こそ……」
 蒼のあおひとが執務室のドアを開けて、入ってきた。秘書官制服を身につけているので、どうやら天領からの帰りがけらしい。

 燃え残った木陰から、石が飛んできた。そしてそれは、紺碧の顔に当たった。それをきっかけに、いくつもの石が紺碧に投げつけられた。理力建築を使って土の壁を作れば、あるいは魔法使いの特殊を使えば、それらを遮断するのは簡単なことだった。だが、紺碧はそこに立ち尽くしたまま、彼らが石投げをやめるまで、かかしのように立ち続けた。この投石を受けることそのものが、ノーブル・オブリゲーションだと紺碧は思った。第七世界人ではない王妃も、彼らに石を投げつけられながら、国を守ることをやめなかった。紺碧は、自らがかしずく王妃に倣い、痛みに耐えながら投石を受け止め続けた。
「あ、ああ、なんでしょう、あおひとさん?」
「いえ、先ほどから紺碧さんの奇声が政庁内に響き渡っているから何とかしてくれと、みなさんから、苦情が……」
「う、申し訳ない……」
「ああ、例の寮の設計関係ですね。確かに、こんなに数字がいっぱい並んでいたら……」

 石を投げ続けるのに疲れたのか、彼らは踵を返し、森の奥へと去っていった。まだそちらの方は被害がそれほど及んでいないのだろう。去っていく彼らの背に、紺碧は叫んだ。
 くすっ、と笑いながら、あおひとは紺碧の執務机の上に重ねられた書類を手に取る。

「貴方たちの国を、必ず取り戻します。だからそれまで、猶予を下さい!必ず、必ずかなえて見せますから!」
「そうそう、紺碧さん、提案があるんですけれど」
「はい、なんでしょう?」
「私が【お料理の達人】を取得したの、覚えています?」
「ええ、それはちゃんと覚えていますよ」
「こちらの企画書には、メードの仕事の一環として、“寮内居住者への食事の用意”、というのがありますよね?これ、私に協力させてもらえませんか?昔懐かしふるさと料理から、満漢全席まで全部いけちゃいますよ?」
「なるほど、レシピのレクチャー、ですね。でしたら、建築期間中の炊き出し指示なども、御願いしていいですか?」
「ええ。何でしたら、うちのただたかさんもバトルメードとして……」
「い、いや、それは、それは結構です!あおひとさんは、ご家族の方をまず大事にして下さい!」
「うちはいつでも家庭円満ですから。ただたかさんのことは、もちろん冗談です。あ、でも帽子猫さんから“遠い昔はバトルメードをやっていたから、人手が足りなかったらいつでも呼んでね”と言付かっています」
「ありがたいことです……」

それだけを叫ぶと、紺碧は“みちる”をしまってある格納庫に向かった。
 紺碧は執務椅子に腰掛けたまま、深く頭を下げた。

ここも何とか、戦火を逃れることができたらしく、“みちる”は全機無事だった。何が1、2台だ、と心の中でぜのすけに悪態をつきながら、そのうちの1台の腕部アタッチメントを工事用に換装する。自分が魔法使いで、理力使いであったことに感謝した一瞬だった。それ以外の職業だったら、“みちる”に乗ることはできても、アタッチメントが重すぎて換装もままならなかっただろう。
「じゃ、まずは国内全土に、人材募集の伝達を行いましょう。いつまでもここに座ってたって何も始まらないですから」
「そうですね。……あおひとさん、その人材募集、御願いしていいですか?」
「かまいませんけど、どうしてですか?」
「えーっと、今回の事業に何人必要なのか、資料を見てもわからないんです……お恥ずかしながら」
「………紺碧さん、敏捷4の人間が5人集まったら評価値はいくつになるか、わかりますか?」
「……わかりません……」

 紺碧は“みちる”に乗って、寮を建設するつもりで確保していた場所に向かった。そして、焦土と化した地面を、丹念に掘り返し始めた。猫士用の寮とはいえ、サイズは人間に合わせた物だ。“みちる”があっても、広範囲の面積を掘り起こし、土を均す作業はきつかった。
 執務机に突っ伏す紺碧。まさかぜのすけと同じ質問をされるとは思わなかったのだ。

「あんた、そんなところで何をしてるんだ」
「そうそう、寮以外にも、国際救助隊や錬金術師、植林事業など、国民雇用対策案件はいくつもありますから。賃金や生活保障などもひっくるめて告知を出しておきますね」
「よ、よろしく御願いいたします……」

呼びかけられた声に振り向くと、そこには一人の森国人がいた。見た感じ、自分と対して代わらない年齢の男性だった。紺碧は“みちる”から降りると、彼の近くに寄った。
 3以上の数字が理解できない摂政:紺碧。数字面はいつもあおひとをはじめとする他の面々に御願いするしかなかった。

「これは、猫士用の寮を作るために、基礎工事をしてるんです」
「はぁ?猫士用?何寝ぼけたこと言ってるんだ。お前、バカか?」
「いえ。猫士は私たち国民よりも、もっと待遇がひどい。自立した意識をあまり持たず、王が命ずるままに、戦いに駆り出されたり、他国に貸し出されたり……。だから、せめて彼らのために安息の地を作ろうと思ったのです」
「俺たち国民のことは無視して、か?」
「いえ、無視などしているとは思えません。食料と水の配給、それと住居の復元。そちらは、おそらく短期間で実行されるでしょう。私たちの生活の安全を守るため、藩王は警察署と消防署も導入されましたし」
「ほー、そんだけか?」
「いえ、他にもプランはあるでしょう。ただ、私は一人しかいないので、私ができることをまずやろうと思ったのです」
「で、地面ほっくり返してんのかよ。お前バカじゃねーの?」
「ええ。自分でもそう思います。本来、これは私たち国民の安定した生活を守る一環として、国内から働き手を募集し、お給金をお支払いして、工事をしようと計画されていた物です。国民の衣食住、それが満ち足りてこそ、この国は次のステップに進める。ですが、今の私に、味方はいません。だから、自分一人だけでやろうと思ったのです」
「……日給100にゃんにゃん。それから三食の確保と、工事期間に寝泊まりする場所の準備、労働条件の保障。それが用意できて、あんたの顔を見ないで済むなら、人は集まると思うぜ?」
「つまり、私が第七世界人だとごぞんじなのですね、あなたは」
「ああ。どれだけ俺たちとそっくりな外見になってもな、見分けがつくんだよ。お前達は森の臭いがしないからな」
「では、どうして私に話しかけてきたのですか?」
「………金づるになると思ったからだよ。正直、俺たちはお前達が嫌いだ。でも、あんたはさっき叫んでたよな。『国を必ず取り戻す』と。燃えた大地を見て、あんたは泣いていた。だからこっちから条件をふっかければ、あんたは飲まざるを得ないだろうと踏んだのさ。どうだい?国民にバカにされる気分ってのはよ?」
「バカにされているとは、思っていません。貴方の言葉も、きちんと藩王にお伝えして、公募をかける際の検討資料にさせていただきます」
「……どこまでも上から目線なんだな、あんたらは。けっ、何様のつもりだよ」
「申し訳ありません。私の言葉が至らないのでしょう。ですが、王のことまで悪し様には言わないで下さい。私自身は、少なくとも貴方たち国民の僕だと思っています」
「しもべぇ?」
「はい。人は国などなくとも、生きていくことはできます。いわゆる自治区や村のような物ですね。そういったコミュニティを自分たちで作り上げ、ルールを決め、生きていくことができる。でも、国は国民がいなければ成り立ちません。資金でも資源でもない、国民こそが国にとって一番の宝だと、私は思います。だから、貴方たちのために働くのは、私の義務であり責任なのです」
「………虫酸が走るぜ。嘘くさい話ばかり並べやがって。あばよ。二度とその間抜け面見せるんじゃねぇぞ」

 男は足下に転がった石を思い切り蹴飛ばすと、森の奥へ消えていった。気がつけば太陽は沈みかけている。暗くなったら、さすがに工事は無理だ。今日はこれで引き返そうと思った。明日は土台を作って、それから……寮を建築する際の材料をどうしようか悩んだ。森が大半燃えてしまったのだから、そこから木を切り出すのは気が引ける。生物資源で何とかならないか、相談しようと考えながら“みちる”に乗り込み、格納庫を目指した。

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