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**建設開始 文:青にして紺碧 [#j92af36a]

 「………………」

 目の前に広がる焼け野原。ホログラフィでもフィクションでもない。クーリンガンが国内で放った火が、よけ藩国の森を、野原を、町を焼き尽くした。前回の事件からようやく国が立ち直りそうだったその時を狙いすますかのように。

 紺碧はただ絶句し、次いで拳を握り、うつむいて、涙をこぼした。誰に見られても、かまわなかった。それくらい、悔しかったのだ。ようやく、本当にようやく国が機能を取り戻し、少しずつ国に人が戻ってきてくれたのに……。

「[[ぜのすけ>http://eyedress.at.webry.info/200701/article_98.html]]」
“はい”

 紺碧は藩国のマザーコンピュータ『ぜのすけ』と瞑想通信をつないだ。

「今動かせる“[[みちる>http://pw1.atcms.jp/yoke2/index.php?%E8%BE%B2%E6%A5%AD%E6%A9%9F%E6%A2%B0]]”はどれくらい残っている?」
“んー、おそらく1、2台じゃない?”

あらゆる答えを避けるマザコン『ぜのすけ』は、正確な数値を言わない。

「わかった。涼華さんからいただいた設計図面は、残っているな?秘匿レベル3で設定しておいたはずだ」
“んー、そんなデータがつい最近入ってきたような?”
「一部始終をこちらへ転送しろ。元データは破棄するな」
“無理。のうきん摂政は3までしか数えられないんじゃなかったか?”
「そう言うことだけははっきり言うんだな。わかった。建物の基礎データだけ、動かせる“みちる”に転送しろ。あとは私がなんとか……」

 背中に視線を感じて、紺碧は振り向いた。焼けた木の陰に2、3人の人の姿が見えた。おそらく戦火を逃れた藩国民だろう。だが、全員の視線は、紺碧を射貫くように向けられていた。瞑想通信を使わなくとも、紺碧には彼らの心の声が聞こえたような気がした。

『何しに来やがった、第七世界人』
『お前達がこの地にゲーム感覚でやってくるから、俺たちの暮らしは……』
『帰れ帰れ。ここはお前達が住む世界じゃない』

 紺碧は彼らに向き直り、涙を拭った。

「みなさんには、お詫びのしようがない。国がこんな風になったのは、私たちが至らぬせいだ。だから、もう一度、立て直します。みなさんが今度こそ、平和に、安全に暮らせるように。今度こそ……」

 燃え残った木陰から、石が飛んできた。そしてそれは、紺碧の顔に当たった。それをきっかけに、いくつもの石が紺碧に投げつけられた。理力建築を使って土の壁を作れば、あるいは魔法使いの特殊を使えば、それらを遮断するのは簡単なことだった。だが、紺碧はそこに立ち尽くしたまま、彼らが石投げをやめるまで、かかしのように立ち続けた。この投石を受けることそのものが、ノーブル・オブリゲーションだと紺碧は思った。第七世界人ではない王妃も、彼らに石を投げつけられながら、国を守ることをやめなかった。紺碧は、自らがかしずく王妃に倣い、痛みに耐えながら投石を受け止め続けた。

 石を投げ続けるのに疲れたのか、彼らは踵を返し、森の奥へと去っていった。まだそちらの方は被害がそれほど及んでいないのだろう。去っていく彼らの背に、紺碧は叫んだ。

「貴方たちの国を、必ず取り戻します。だからそれまで、猶予を下さい!必ず、必ずかなえて見せますから!」

それだけを叫ぶと、紺碧は“みちる”をしまってある格納庫に向かった。

ここも何とか、戦火を逃れることができたらしく、“みちる”は全機無事だった。何が1、2台だ、と心の中でぜのすけに悪態をつきながら、そのうちの1台の腕部アタッチメントを工事用に換装する。自分が魔法使いで、理力使いであったことに感謝した一瞬だった。それ以外の職業だったら、“みちる”に乗ることはできても、アタッチメントが重すぎて換装もままならなかっただろう。

 紺碧は“みちる”に乗って、寮を建設するつもりで確保していた場所に向かった。そして、焦土と化した地面を、丹念に掘り返し始めた。猫士用の寮とはいえ、サイズは人間に合わせた物だ。“みちる”があっても、広範囲の面積を掘り起こし、土を均す作業はきつかった。

「あんた、そんなところで何をしてるんだ」

呼びかけられた声に振り向くと、そこには一人の森国人がいた。見た感じ、自分と対して代わらない年齢の男性だった。紺碧は“みちる”から降りると、彼の近くに寄った。

「これは、猫士用の寮を作るために、基礎工事をしてるんです」
「はぁ?猫士用?何寝ぼけたこと言ってるんだ。お前、バカか?」
「いえ。猫士は私たち国民よりも、もっと待遇がひどい。自立した意識をあまり持たず、王が命ずるままに、戦いに駆り出されたり、他国に貸し出されたり……。だから、せめて彼らのために安息の地を作ろうと思ったのです」
「俺たち国民のことは無視して、か?」
「いえ、無視などしているとは思えません。食料と水の配給、それと住居の復元。そちらは、おそらく短期間で実行されるでしょう。私たちの生活の安全を守るため、藩王は警察署と消防署も導入されましたし」
「ほー、そんだけか?」
「いえ、他にもプランはあるでしょう。ただ、私は一人しかいないので、私ができることをまずやろうと思ったのです」
「で、地面ほっくり返してんのかよ。お前バカじゃねーの?」
「ええ。自分でもそう思います。本来、これは私たち国民の安定した生活を守る一環として、国内から働き手を募集し、お給金をお支払いして、工事をしようと計画されていた物です。国民の衣食住、それが満ち足りてこそ、この国は次のステップに進める。ですが、今の私に、味方はいません。だから、自分一人だけでやろうと思ったのです」
「……日給100にゃんにゃん。それから三食の確保と、工事期間に寝泊まりする場所の準備、労働条件の保障。それが用意できて、あんたの顔を見ないで済むなら、人は集まると思うぜ?」
「つまり、私が第七世界人だとごぞんじなのですね、あなたは」
「ああ。どれだけ俺たちとそっくりな外見になってもな、見分けがつくんだよ。お前達は森の臭いがしないからな」
「では、どうして私に話しかけてきたのですか?」
「………金づるになると思ったからだよ。正直、俺たちはお前達が嫌いだ。でも、あんたはさっき叫んでたよな。『国を必ず取り戻す』と。燃えた大地を見て、あんたは泣いていた。だからこっちから条件をふっかければ、あんたは飲まざるを得ないだろうと踏んだのさ。どうだい?国民にバカにされる気分ってのはよ?」
「バカにされているとは、思っていません。貴方の言葉も、きちんと藩王にお伝えして、公募をかける際の検討資料にさせていただきます」
「……どこまでも上から目線なんだな、あんたらは。けっ、何様のつもりだよ」
「申し訳ありません。私の言葉が至らないのでしょう。ですが、王のことまで悪し様には言わないで下さい。私自身は、少なくとも貴方たち国民の僕だと思っています」
「しもべぇ?」
「はい。人は国などなくとも、生きていくことはできます。いわゆる自治区や村のような物ですね。そういったコミュニティを自分たちで作り上げ、ルールを決め、生きていくことができる。でも、国は国民がいなければ成り立ちません。資金でも資源でもない、国民こそが国にとって一番の宝だと、私は思います。だから、貴方たちのために働くのは、私の義務であり責任なのです」
「………虫酸が走るぜ。嘘くさい話ばかり並べやがって。あばよ。二度とその間抜け面見せるんじゃねぇぞ」

 男は足下に転がった石を思い切り蹴飛ばすと、森の奥へ消えていった。気がつけば太陽は沈みかけている。暗くなったら、さすがに工事は無理だ。今日はこれで引き返そうと思った。明日は土台を作って、それから……寮を建築する際の材料をどうしようか悩んだ。森が大半燃えてしまったのだから、そこから木を切り出すのは気が引ける。生物資源で何とかならないか、相談しようと考えながら“みちる”に乗り込み、格納庫を目指した。
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